走馬灯のように・・・・・ここにいてもいい

  

さきほど新月を迎えました

 

 

  

新月前は 身体が不調になり・・・

あれ これは お母さんからのだな

と 感じていました

 

母は もうずっと長い間

定期的にヘルペスで苦しんでいます

 

わたしの感じた

身体の痛み・・・神経の鈍痛のようなもの

は あぁ これは潜んでいた

ウィルスが出てきてる違和感

いつも 母が言ってたヘルペスだな

と わかりました

 

数日 なんとなく不調

・・・で

ホメオパシーやアロマを使い

癒していました

 

そういうことをやっていると

あぁ ホントーに

いろいろと 繋がっているなぁ

と しみじみ感じるのですが

 

例えば ふと目に入ってきて摂った

ホメオパシーのレメディ

アーセニカム(ヒ素) 

は ヘルペスにヒットするレメディのうちの

ひとつなんだけど

 

そこで出てくるキーワードは

ここのところの私に

心当たりのあることばかり

 

特に 死の恐怖

ほんの数日前に ふと感じていたこと

 

こんなこと 今まで思った事もなかったのだけど

わたしが先に 早死にしたら

賢太郎さんのことが心残りで

あぁ こういうのが

成仏できないってことになるのかなぁ

なんて 夜中に想像したりして・・・・・ 

 

  

 

優しい横顔.jpg 

 

 

さいきん

賢太郎さんが わたしを見る時の目が

あまりにも慈愛に満ち満ちていて

 

驚くことがある

 

本当に 愛されているんだなぁ

しみじみ感じている
 
 
 
以前の私だったら
いつでも あっちの世界に行けるようなつもりでいて
 
心残りは 仕事をやり残すこと
ぐらいだったのに・・・・・
 
悲しいくらいにスッキリしていたのになぁ
(そのとき 寂しいという自覚は持ててなかった)
 
 
そうそう アーセニカムは
父が亡くなる前に
死の恐怖で眠れなくなっている時
一粒 口に入れてあげただけで
死へのプロセスが進んだことがある・・・・・
そのときのことは 古いブログに
書いていると思うのだけど
 
 
 
そして 背骨に垂らして
塗りこんでもらったのは
オレガノ の エッセンシャルオイル
 
オレガノ といえば
以前 阿蘇に住んでいたときも
今の家も
一株 植えただけで
ものすごい勢いで茂ってくれる
 
家の周りに生えてくるのは
住んでいる人に必要なハーブってことだよなぁ
とは 気づいてはいたのだけど
このたび あらためて
もしかして
世代を遡ってのヒーリングにも必要な植物か?
と 自覚し直したところです
 
 
ちなみに
タイム が 大好きなんだけど
これは どこで植えても
なかなか大株にならない
 
昔 スコットランドで
通りがかりのおうちの石垣から
大株が繁茂しているのを見て
とて〜も憧れているのだけど
残念ながら 私には
それほど 必要ではないのかなぁ
 
  
 
揺れる紅.jpg
 
 
徒然と綴っております・・・・・
 
こういうことは 止まらなくなりますね
好きなんでしょうね〜
 
 
 
まぁ とにかく
一緒にいる 賢太郎さんには今
甘えています
 
この 甘える
っていうのは
ずっと 私には難しかったこと
 
あしたが 結婚記念日ですが
この二年間
なにをやってたか
というと
それだけの時間をかけて
少しずつ 相手に甘える
ということを
練習してきたように思います
 
ストレートに甘えられたらいいんでしょうけど
ちょっと 質の悪いことに
 
「こんな私でも愛してくれる?」
と 相手を試す
っていうのが 入り混じってます
 
ホントーに質悪いですよね〜〜〜涙
 
  
そのぐらい
私にとっては
相手を信頼して
弱い自分もさらけだして甘える
というのは
自分一人だけじゃない
世代を遡ってのヒーリングのようです
 
 
 
実際 今朝 起きてしばらくしてから
眠っていたときからの続きのように
さまざまなことが
走馬灯のように駆け巡り
 
それは 私自身の
この人生での記憶
・・・主に 母が入院した小学校5年生の頃
その周辺の記憶からはじまり
母のこと
彼女自身 病気になると
いつも申し訳なさそうに
毎回 必ず 医者には入院を断る
なぜなら 家を空けるわけにはいけないから
という 冗談のような話の繰り返しや
幼い時から 私も
身体の不調を母に告げると
不機嫌になり責められるので
怖くて 隠そうとしてしまうクセ
今も 賢太郎さんに
なかなか 言えなくて
どうしても 大丈夫!と言ってしまうのを
訂正しながら 正直に言えるように練習中なこと
 
そうそう ヘルペスを抑圧すると
癌になるんじゃないかなぁ
という 個人的見解
(癌で 即手術が必要と言われても入院をまずは断った母)
 
 
 
 
この
役割がないと
自分の居場所がない
いつも 元気で有能でなければいけない
 
というのが どこから来ているのか
 
グルグルと
母の赤ちゃんの頃の記憶?なのか
一緒になって
出てくる出てくる
 
そんな今朝
 
 
とうとう 堤防が決壊するように
涙がこぼれだし
 
自分の内と外がひっくり返って
 
中から
小さな私が出てきて
泣きじゃくる
泣きじゃくる
 
 
なんか この数か月の総仕上げみたいに
やってきてた身体の不調 からの
涙の大解放の
新月の朝
でした
 
 
 
こんなときこそクンルンだね
夫婦の合言葉になりつつある この頃
(やりたくない時でも どんな時でも まずはやってみようよ の意味)
 
 
泣きじゃくりながら
いつもの朝の行に入っていくと
 
さいしょは
床が 池になるんじゃないか
というくらい 涙がポロポロと
こぼれ落ちていたんだけど
 
じきに
波が荒れ狂う嵐の海から
静かな海の底へと
下りていくように
 
静かな 何もないところへと
いきました
 
これって
感情を感じないように
抑圧するのとは
違うと思います
 
 
表面で 何が起こってても
ずっと 変わらない静かなところが
あるんですよね
 
 
 
まぁ とにかく
たくさん泣いて
少し休んでいたら
新月の時間になり
 
なんだか
スッキリしています
 
 
私が ここに生まれてくるまでの
たくさんの悲しみ
苦しみ
我慢
 
それらを全部 抱きしめ
わたしは ここにいることを
自分に許します
 
 
 
 
さて 新月のこの日
 
そして
明日は 結婚記念日
 
 
これから
夫婦ふたりでのブログを
はじめます
 
 

  

        

∞ 

  

注文制作を受付します

http://www.yoshikoart.com/order.htm

        
お嫁入り前の Yoshiko Art たち

    

めおとセッション ポートレートメッセージ制作

 
コメント