ずう〜っ と 続く交流

 

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今月はじめに行った

京都で見つけた 「野菊」という名前のお菓子^^

 

 

  

ブログは 制作が落ち着いてから

昨晩 綴ったばかりだけど

 

なんか 内にあるものを出したほうが

落ち着きそうなので・・・・・

文章にしてみます

 

 

 

 

ずっと 続いた晴天のあとの

久しぶりの雨

 

今日は 庭の緑が喜んでいるよう

 

気温が すーっと下がって

気持ちいい

 

 

 

 

おとといは

作品制作の ちょうどよい節目に

タイミングよく

ずっと会いたかった友人たちに会えて

嬉しい時間でした

 

いいタイミングで

いい時間が過ごせると

そのあとの流れもよく

作品制作が

思いのほか はかどり

気持ちいいものです

 

 

おととい会えた友人の一人は

私と同じく

絵の制作を 仕事としている人で

その上 マルチな活動をしているから

前々から 計画をして

会う日を決めるより

 

お互いの 制作の流れの節目が

さっと会う時に

すっと会うことを決める

 

そのほうが うまくタイミングが合います

 

 

当日は 会えること自体が嬉しいので

いろいろ 話したいことがあっても

いざ 会うと

忘れてしまい

ただ 一緒にいることを

楽しんでいるうちに

時間になってしまいます

 

 

なので

帰宅したあと 彼女のブログを覗いてみたとき

 

時を同じくして

とても似たシチュエーション というか

テーマで

絵をご依頼いただき描いていたんだな!

ということを 知りました(笑)

 

おもしろいですね〜〜〜

 

 

 

 

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短い言葉で表現するならば

それは

 

“ 亡くなった方からのメッセージを伝える絵 ”

 

ということになるかな

 

 

 

でも まぁ

実際 それは乱暴な言い方

というか

誤解を招きやすい言い方だな

と 思うので

 

そのことで感じることを

ここに綴ってみたくなったのです

 

 

 

 

あ そうそう

まず 先に綴っておくべきことは

 

わたしは 霊能者ではないですよ〜

ってこと

(知ってるよね〜?笑)

 

亡くなった方のメッセージを

感受して お伝えする

とか

そういうことは しません

 

(っていうか そういう仕組みは よく わかりません〜)

 

 

・・・・・ということは

ハッキリさせた上で

 

 

 

例え 肉体が無くなったとしても

交流は続くんだなぁ

っていうことを 思います

 

 

生きている人間の成長に伴い

準備が出来たぶんだけ

 

受けとれるものが

変化し 増えていくんだなぁ

と 感じます

 

 

肉体がなくなると

お互いの間にあった

余計なものが 削ぎ落とされて

自由になっていくぶん

より 交流しやすくなる

ということもあるし・・・

 

長年の誤解が溶けていったり ですね

 

 

絵は そのことを思い出す

モニュメント として

ご依頼いただくんだと思います

 

 

反対されていた!

と 思い込んでいたものが

本当は 温かく応援されていたんだな

とかとかとか・・・・・ 

 

連綿と続くものの上にある

我が身の尊さを思い出したり

 

その有難さに涙したり

 

 

お互いの関係性の中から

ダウンロードするものの質が

変化していくこと

 

 

そのことに 自分をオープンにしていけたら

人生が より豊かになっていきますよね

 

 

 

 

 

子どもの頃 思春期の頃

父に連れられて行った南禅寺にて・・・

 

 

 

 

そうそう さいきんのことでしたが

賢太郎さんと 朝ごはんを食べていたとき

 

彼の目を覗き込んで

今 私の中には何が見える?って 訊ねたら

 

「 楽しい気持ち 」

「 せつなさ 」

って 答えたんですよね

 

せつなさ は

この一瞬は もう二度と戻らないから

って・・・・・

 

 

 

いつかは どっちかが先に死ぬんだよなぁ

って 思います

 

 

死のあとの交流も素晴らしいけど

いま こうして

肉体を持って 会えていることを

切なさとともに

大切にしたいですよね

 

 

 

 

 

 

もう ぜんっぜん

話は飛びますけど・・・・・

 

今年の一月 京都に行った折

きもののことで さまざま思うところあり

 

20代の頃 東京で出会って

着付けについて 伝授してもらった恩師

電話したことがあったんですね

 

 

そのときに

「 せんせい! 私いま50になって

あのとき 先生が伝えようとして下さってたことが

ようやく少し わかってきた気がします 」

って 話したんです

 

それは きものを通して感じる

身体のつかいかた のことで

別に 先生は 直接そのことについて

話したり教えたりはしてなかったんだけど

先生との時間全体で

なにか 伝わってきてたなぁ

って そのことを思い出して・・・

(わたしは当時 先生の“三人娘”のひとりとして

個人的に教えていただいてました)

 

 

そうしたら

「 生きているうちに それが聞けて嬉しいわ! 」

って・・・・・

 

先生は今 82歳

 

私はまだ

ほんのちょこっとのことに

気づき始めたばかり

というところなんですけどね

 

でも 伝えられてよかった

 

 

 

だから ね

生きているうちに

勇気をもって 伝えていくことも大事だなぁ って

 

 

 

  

 

 

と いろいろ アウトプットしたところで・・・・・

 

制作に戻ります^^

 

 

 

あぁ きものことも

まだ 何もやれてないなぁ

ということも 思い出しながら

 

 

この記事の写真は

京都の南禅寺で 賢太郎さん撮影

 

ポートレート撮影の合間に撮った

ロケハン用のショットです

 

 

京都での撮影

とてもいいポートレートが撮れてました

 

京都にはまた 行くことになりそう

 

 

わたしも 京都では

セッションしたくなるような

素敵な場所との ご縁が繋がってますので

また そのことも

お知らせしていきますね

 

 

 

ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

 

∞ 

  

 

Yoshiko Art 

 

 

Brother Sun ∞ Sister Moon

 

 

  

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