天青の実

 

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道端で いただいてきた

クサギの実 は

 

 

 

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光と溶けあうような

こんな色に染めてくれました

 

 

もう ずいぶんと前に購入して着ていた

生成りのシルクの上着

 

大好きだったけど

だんだんと黄ばんできて

残念だったのが

 

 

 

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美しく

生き返りました

 

 

 

はじめての草木染

 

やってみて はじめて知ったこと

 

媒染のこと

コットンのたんぱく処理のこと

いろいろ ありそうですが

 

楽しかったので

また 日々の生活の中で発見するもので

やってみたいな

と 思います

 

 

 

  

 

 

 

 

さてさて 実はここからが本題

 

 

 

数日間 なんとなく

手を入れられずに

ほんの少ししか進まなかった絵の制作でしたが

 

原種の小豆を採ったり

クサギを採ったり

裸足で朝日を浴びたり

ご飯をつくったり

本を読んだり

いろいろ しているうちに

ようやく 再開できそうです

 

 

今朝 ひらいたFacebookにシェアしてあった

このブログの記事 を読んで

 

もう 調整の時間は終わった

次に進もう

と 感じました

 

 

 

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実は この絵は

14年前に 母が癌を患ったときに

プレゼントするために描いたものの

リニューアル版です

 

 

しばらく前から

手を入れたくて・・・

 

この絵が終わって その絵を描いたら

あの絵を描く前に

この絵描きたいな

( ↑頭の中での順番待ちの絵の交通整理みたいな・・・笑 ) 

 

その作品は 実は ずっと母のもとにあったんだけど

母が福岡の実家を引き払い 横浜に引っ越す折に

この絵は もういらないから返す

と うちに出戻ってきていた子です

 

 

その絵に

上から手を入れるだけ のつもりだったのですが

 

いざ 手を入れようとすると

 やっぱりもう エネルギーが違い過ぎて無理〜

( 古いから・・・ )

となり

 

まっさらな紙に

新たな作品を

描くことにしました

 

  

 

 

 

そのことを決めたタイミングが

奇しくも

 

友人に癌が見つかったことを

伝えられた時でした

 

 

彼女は ここ和水町に住むようになって

ご縁が つながった人

 

(わたしよりも弱冠)若くて

とても 美しい

ヨガの先生でもあり

 

繊細で あったかな絵を描く

プロの絵描きさんでもあり

 

お互いの 制作やお仕事の合間に

ふと 出来た隙間に

さっと 会って

いろんな日々の気づきをシェアできる人

 

いつも ぴったりとタイミングの合う人

なのですが

 

 

不思議と この件については

ビックリはしたものの

心配を感じない

 

彼女なりに 乗り越えていくんだろう

と 信じられるのです

 

 

 

けれども・・・・・なんで この絵は

このタイミングなんだろうなぁ

考えずにはいられない

 

   

母に その絵を描いた頃・・・14年前は

明らかに 母の “ ために ” 描いた絵だった

・・・けど

今となっては 同じような気持ちで それを出来ない

 

もう 癒されるべき人も

癒す人もない世界にいるんだな

と 感じるようになっているから

 

 

そして

彼女の “ ために ” 何かをすることも

それが 自分の中の何から出てくる行動なのかに

注意深くありたいと思うし

 

かえって 負担になるようなことなら

何もしないで 静かに見守ろうと決めたのでした

 

 

  

賢太郎さんが

彼女の産まれた場所を聞いてくれ

産土さんに お詣りに行きたいから

ふたりで その神社にお祈りに行ってきました

 

その場に行くまで

どんな祈りが出てくるか わからなかったけれど

  

出てきたのは。。。

「 この人生で 思い切り やりたいことをやっていく

それが 何のためにもならなくても

何の役にも立たなくても

人から評価されるようなものでなくても

本当に 深いところから

やりたい と 感じることをやっていく

深めていく

彼女と その仲間として 友人として

ともに切磋琢磨していけますように 」

と 手を合わせていました

 

 

  

  

 

彼女は 手術の予約だけ入れて

前々から決まっていた

インドでの10日間のヨガ瞑想を深める学びの旅に

旅立っていきました

 

それは とてもとても深い体験だったみたいで

 

帰国後

美子さ〜〜〜ん これから

しばらく籠る前に

会いたい!

自然の中に連れて行って〜〜〜!!!

と 連絡があり

一緒に 阿蘇へ行ってきました

 

以前 住んでいたところの近くの

自然栽培の農家さんのお店に行き

 

美味しいものを食べ

美しい雑草たちを眺めながら散策し

おしゃべりし

たくさん 笑って・・・・・

 

 

わたしは 一緒にいる間

一瞬たりとも

彼女のことを

癒されるべき人であるとして

ジャッジすることがなかった!

 

そのことに気づいたのは

一日が終わるときで

 

それを 特筆すべきことのように気づいたということは

今まで そのようにジャッジするのが

当たり前であり続けた

という気づきでもあるし

  

同じ地平に立つことで

そこに 感じたことのない循環が起こっていたのは

 

今まで立ったことのない

新しい入り口にいたんだな

と 思ったのでした

 

 

おそらく

このことが 今世の私の

ものすごく重要なテーマなんだろうな

とも・・・・・

  

 

 

 

 

さて 14年前に

癌の手術をした母は

横浜で 順調に年を取りながら

元気に暮らしています

 

 

以前は 母のことを

“ どうにかしてあげないといけない人 ” として

見ていた

その 私の癖は

そのまま 賢太郎さんとの関係に移行して(笑)

そこは わたしの気づきのポイントとして

日々 研鑽中〜〜〜^^

 

本当に 目の前の人と

同じところに立つことができるか

というのは

切実なことだなぁ

と 感じています

 

そして

母のことは

母自身の人生を生きる人として

尊重しながら

遠く 熊本の地から眺めています

 

 

 

 

さぁ ここまで

言葉にするのに

思いのほか 時間を要しましたが

 

これで 前に進めそう

 

 

満月に向かって

絵を仕上げていきます

 

 

 

ここまで 読んでくださって

ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

 

  

 

Yoshiko Art

 

 

Brother Sun ∞ Sister Moon

 

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