ただいま・・・その3  日本海

  

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隠岐の島を望む

 

 

 

京都からの帰りは

日本海へ寄り道

 

ここは 鳥取の大山の見えるあたり

 

名和 というところです

 

 

熊本に帰る前の日に泊った

如水庵で

日本海側を辿って帰るシュミレーションをする夢を見たので

 

明朝 琵琶湖での撮影が終わったあと

帰り道が長くなって しんどくなることはわかってたけど

行ってみることに・・・・・

 

 

まぁ やっぱり大変でしたけど ね(笑)

 

 

 

三年前から 賢太郎さんと住み始めた

ここ熊本・和水町のおうちに

この山陰のあたりは

ゆかりのある場所であることはわかってたのですが

なかなか足を運ぶことにならず

 

考えてみれば

父が亡くなって以来だから

10年以上経ってからの再訪となりました

 

 

 

 

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後醍醐天皇御腰掛岩

 

 

 

 

以前 米子のほうへ

お仕事で呼んでいただいていた時

 

いや もしかしたら

京都に呼ばれて行った時だったか

 

軽自動車に 絵の道具を積み込み

下道移動のひとり旅してた頃です

 

 

ふと 寄ってしまった場所

 

なんで わたし ここにいるんだろう

って 不思議な気持ちで

岩に腰掛け 海を眺めたいた記憶があるんですが

 

今は きれいに整備されて

前みたいに 気軽には座れなかったけど・・・

 

 

  

 

ご縁に 偶然はないんですね

 

三年前に 賢太郎さんと

熊本の和水町周辺で 家を探していた時

いま住んでいる この家を見せてもらったあと

 

ふと 道を渡ったところにある

小高い山が気になり 近づいてみると

 

ここは もとは城跡で

南北朝時代の懐良親王にお仕えしていた

名和氏の居城であった

という看板を読み

 

間違いなく ここに住むことになるんだわ!

と 鳥肌が立ったのを思い出します
 
 
 
まず この看板の文章で
 
父が亡くなる前に
私に 日一日と過去にさかのぼりながら 語ってくれた
先祖の話 過去生の話
そのうちのひとつである
南北朝時代の九州
懐良親王の話
 
 
父が亡くなる日に
なぜか 福岡からトンボ帰りさせられた
この場所・・・名和氏出身の伯耆地方・・・ が
 
こうも 具体的に
繋がってたんか!!!!!
 
と 驚きました
( 当時は 気づいていなかった )
 
 
つまり ここ伯耆出身の名和氏は
後醍醐天皇を島流しにあっていた隠岐の島から救出し
お助けすることで名をあげ
その後 南朝勢力の強い九州へ
そこで 後醍醐天皇の皇子のひとりである
懐良親王にお仕えしていた という訳なんですね 
 
 
 
この辺りの話を
ひとつひとつ 綴りだすと
もう めっちゃ たくさんの話が出てくるので
(ネタの宝庫)
 
ここでは やめときますが
 
まぁ とにかく
 
ここ 大山の周辺は
不思議と 懐かしい場所なのです
 
 
 
今回は 寄れなかったけど
近くの 天の真名井の水は
一口 飲んだ先から
体が透明になっちゃうような
素晴らしいお水で
忘れられない
 
父が亡くなる日も
時間ないのに 汲んで帰り
手に塗ってあげたけど
ホント それが出来て よかったんだわ〜
と あらためて知ることになる不思議
 
 
あ 天の真名井には
また 行きたいなぁ
 
 
皆生温泉も 何回か泊ったなぁ
 
また 行きたい
 
 
冬の日本海の雷
また 聞きたい
 
 
 
高校生の時
何回かだけデートした
水泳部で一緒だった男の子は
隠岐の島の血筋って言ってたなぁ
 
やっぱ こういう
ちょっとしたご縁にも偶然はないんやね
  
 
そうそう 賢太郎さんは
なんと 熊本産まれの熊本育ちですが
半分の血は 新潟なんですよ
 
だからか
日本海の風景が撮れて
とても うれしい
ありがとう
って 言われましたよ
 
 
 
  
 
まぁ とにかく
今回の旅は
まずは 京都で続けていく学びのための旅でもあったのですが
 
裏テーマとしては
懐かしい場所への再訪
というのが あったみたいです
 
 
たぶん 今
私自身が 気づいていないところでも
そうなんだろうな
 
 
 
今までの経験で
なんとなく思うのですが
 
人には それぞれ
あるタイミングで 訪れることで
何かがひらく ような
ご縁のある土地があるのではないでしょうか
 
例えば
わたしが 絵を描き始めるには
やはり スコットランドのフィンドホーンに行く必要があったんだな
とか
まずは イギリスの地で
魔法使いマーリンの系譜のエネルギーに触れる必要があったんだな
とか
アイルランドのソウルメイトに会う必要があったんだな
とか
阿蘇に数年間 住む必要があったんだな
とか
父が亡くなったあと 一緒にカリブ海に行く必要があったんだな
とか
そのあと 福岡に住む調整の時期も必要で・・云々
 
たぶん まだ
そういう場所は 用意されてて
あそこに 行くタイミングは
数年の間に来るんじゃないかな?
なんて 思っているものが いくつかあります
 
 
そういうところには
自分の意思で行こう! と 思わなくても
不思議な流れで行く羽目になるんだから
おもしろいです
 
不思議な流れで
必要なお金もやってきます
 
 
 
でも 今
大事なのは
この ご縁を頂いた熊本の土地で
賢太郎さんと一緒に
日々を大切に生きていくこと
積み重ねていくこと
着実に乗り越えていくこと
 
そう 感じています
 
 
地味さからは ほど遠い
ぶっ飛んだ人生を歩んできた私なのに
今は そうなんだ!
と 確かに感じられています
 
なんででしょうかねぇ
(年取ったから???)

 

 

 

 

 
 

  

 

Yoshiko Art

 

 

Brother Sun ∞ Sister Moon

 

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